アデレードのはじめの一歩
今思い返せば、アデレードに来たばかりの私は相当疲れていました。バックパッカーホステルを渡り歩いての相部屋生活は、最早20歳前半のピチピチギャルでない私には(この表現自体が年なんですよ)、体力的にも精神的にもツライものがあります。特に私は会社員時代の負の遺産とでもいうのか、入眠障害の気があるので(ようは寝付きが異常に悪い)、どんなに騒がしくても瞬時に寝付く外国人を横目に、寝返りをうっては深いため息を心でつき。こんな繊細な(?)私でも相部屋生活を続けられるのは、一重に、条件は悪くとも安い宿に泊まってオーストラリアをもっと体験したいという好奇心の賜物です。勿論、ドミトリーならではの楽しみもありますけどね。
その日も、なかなか体の疲れがとれず、10時をまわっても部屋でゴロゴロしていました。時間が勿体ないので、私は大抵、朝ご飯を食べたら部屋をすぐに出ますが、その日はダメでした。今日は次の宿探しをするだとか、事務的なことでも地味にやろうかな、と思っていた矢先。急遽考えを改めて、慌てて外出。私の重い体が動いたのは、私が参加したかったガイドツアーが、その日、木曜日にしか行われないと思い出したからです。それは、タンダーニャ(Tandanya)のガイドツアーでした。開始時刻は11時。
タンダーニャはアボリジニの芸術文化を紹介する施設です。アデレードのシティ内にあり、シティを走る無料バスがこの前にも止まります。エントランスはこんな感じ。
受付で入場料を払うはずですが、スタッフがいません。また、どこか様子が変です。中に恐る恐る入ってみますと、大勢の人だかりが出来ています。その視線の先には、スピーチをする人物。そして拍手。さらに奥に進むと、立食パーティーらしき美味しそうな準備もあります。何かのイベントが行われていることは歴然でした。明らかに関係者で無い私が此処にいていいのか不安になり、側にいたスタッフらしき人に尋ねれば、問題無し。フリーのガイドツアーも午後に変更とのこと。それで、イベントが行われているスペースとは反対側で、展示物を私は見始めました。
後で分かったことです。これは、『Reconciliation Week』のイベントの一つだったのです。アボリジニに関する憲法の改正を認めた、1967年の国民投票を記念する『Reconciliation Week』(Reconciliationは和解、調和を意味しますが、どんな日本語訳が適切か判断しかねます)。私が見た人だかりは、Metropolitan Domiciliary Care (首都戸籍管理局?) による『Launch of Reconciliation Statement Action Plan』というイベントでした。この時手に入れた『Reconciliation Week』のパンフレットによると、Reconciliationを再確認し、さらに発展した行動計画を発表するといったもののようでした。
そして、その時期のタンダーニャ自体も、『Reconciliation Week』仕様になっていました。現代アボリジニ作家による絵画や工芸品の展示、街角で発見できるアボリジニの公共シンボルの紹介、館内のミニシアターではアボリジニのドキュメンタリー映画を上映。これらは期間限定ものですので、後に置いておきまして。まずは次回で、いつでも体験できる常時イベント等をご紹介します。
その日も、なかなか体の疲れがとれず、10時をまわっても部屋でゴロゴロしていました。時間が勿体ないので、私は大抵、朝ご飯を食べたら部屋をすぐに出ますが、その日はダメでした。今日は次の宿探しをするだとか、事務的なことでも地味にやろうかな、と思っていた矢先。急遽考えを改めて、慌てて外出。私の重い体が動いたのは、私が参加したかったガイドツアーが、その日、木曜日にしか行われないと思い出したからです。それは、タンダーニャ(Tandanya)のガイドツアーでした。開始時刻は11時。
タンダーニャはアボリジニの芸術文化を紹介する施設です。アデレードのシティ内にあり、シティを走る無料バスがこの前にも止まります。エントランスはこんな感じ。
受付で入場料を払うはずですが、スタッフがいません。また、どこか様子が変です。中に恐る恐る入ってみますと、大勢の人だかりが出来ています。その視線の先には、スピーチをする人物。そして拍手。さらに奥に進むと、立食パーティーらしき美味しそうな準備もあります。何かのイベントが行われていることは歴然でした。明らかに関係者で無い私が此処にいていいのか不安になり、側にいたスタッフらしき人に尋ねれば、問題無し。フリーのガイドツアーも午後に変更とのこと。それで、イベントが行われているスペースとは反対側で、展示物を私は見始めました。
後で分かったことです。これは、『Reconciliation Week』のイベントの一つだったのです。アボリジニに関する憲法の改正を認めた、1967年の国民投票を記念する『Reconciliation Week』(Reconciliationは和解、調和を意味しますが、どんな日本語訳が適切か判断しかねます)。私が見た人だかりは、Metropolitan Domiciliary Care (首都戸籍管理局?) による『Launch of Reconciliation Statement Action Plan』というイベントでした。この時手に入れた『Reconciliation Week』のパンフレットによると、Reconciliationを再確認し、さらに発展した行動計画を発表するといったもののようでした。
そして、その時期のタンダーニャ自体も、『Reconciliation Week』仕様になっていました。現代アボリジニ作家による絵画や工芸品の展示、街角で発見できるアボリジニの公共シンボルの紹介、館内のミニシアターではアボリジニのドキュメンタリー映画を上映。これらは期間限定ものですので、後に置いておきまして。まずは次回で、いつでも体験できる常時イベント等をご紹介します。