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アボリジニの長老達の活動

  憲法改正をめぐる長い旅は、時のイギリス国王ジョージ六世にあてた、アボリジニの長老の請願書から始まります。
憲法改正前「1933―1966」の前半、1930年代を象徴する活動家。アボリジニの長老、Yorta Yortaの人、William Cooper(1861-1941)。彼の人生の大半は、彼の同胞、アボリジニの権利獲得のために捧げられました。
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 1933年、70歳を越えた彼を代表として、イギリス国王ジョージ六世への請願書が着手されました。彼がかつてアボリジニの保護委員会で発言した言葉を引用したものを、下の写真に載せます。
『On behalf of my people, I have the honor to most humbly approach you.・・・』
(私の人民のために、恐れ多くも請願いたします)
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 英語に全く詳しくない私がこんなことを書くのは憚れますが、ここに書かれている文章からは、非常に丁寧で教養の高い印象を、私は受けました。
『….his utmost in taking suitable steps in preventing the extinction of the Aborigines race.』
 アボリジニの断絶を防ぐ、という切実な願いのために、彼らが望むことは、
『Obtaining better conditions for all.』 (全ての民の生活向上)
『Obtaining power to propose a Member of Parliament to be chosen by my people to represent them in federal parliament.』
(アボリジニを代表する議員を連邦議会に推薦できる権利)

 二千人の署名を集めた請願書は、1937年に連邦議会に届けられ、イギリス国王へ送り届けて欲しいとの彼らの願いは議会に承認されました。しかし実際に、イギリスに送られた記録は残されていないそうです。
 
 そして、請願書から5年後の1938年。彼は仲間と共に、今度はアボリジニの最初の公民権運動として知られる集会を、シドニーで催します。それは「Day of Mourning」(哀悼の日)。開催日は1月26日。1788年、初代総督アーサー・フィリップスが率いる船団(ファーストフリート)がポートジャクソンに上陸し、白人の移民の歴史が始まった、まさにその日です。特に1938年はそれから150周年の記念の年にあたりました。オーストラリアの白人達が「建国記念日」と祝うその日を、彼等は「Day of Mourning」と称したのでした。
 彼等の目的は、「白人によるアボリジニに対する無神経な(Callous)扱い」に抗議することで、アボリジニのための教育を保証する新法、平等な市民権を求めました。
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