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白人の協力者


 憲法改正前「1933―1966」の前半。次に1940年代を代表する活動家としてご紹介しますのが、アボリジニの協力者であった、白人のDon McLeod(1908-1999)。

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 1946年5月1日、西オーストラリアのPilbara(ピルバラ)地方で、600人ものアボリジニ労働者が参加した大規模なストライキが発生しました。後に、ピルバラストライキと知られる、このストライキは、牧畜業者に雇われていたアボリジニ労働者の労働条件と賃金の改善を要求したものでした。
 Mcleodは、このストライキの中、アボリジニを扇動したとして逮捕された、指導者の一人です。彼はMeekatharra(モンキーマイアから内陸に入った所にある金山の街)で生まれた最初の白人の子供でした。彼は、コミュニストの活動家として、白人の牧畜業者と政府、警察の間の癒着を断ち切り、アボリジニの平等を求める活動をすることを決意しました。

 ピルバラストライキに向けた活動自体は、1942年から始まっています。異なる言語を有する23の部族から、凡そ200人の代表者が集まり会合が開かれました。アボリジニの法執行官だったDooley Bin BinとClancy Mckenna、そしてMcLeodによって、ストライキは指導されました。
 ストライキが始まった当初、雇用主の一部は、仕事に戻ることを条件に、賃金の値上げに応じました。しかし、他の雇用主は警察を呼び、指導者を逮捕する方針を取りました。指導者の一人だったMcleodが、ストライキの開始された同年に逮捕された後も、ストライキは3年に及んで続き、牧畜業者が賃金の支払いに応じた1949年に終結しました。
 彼は同じ白人から裏切り者とされ、逮捕後の保釈の申し出は拒否されました。

 異なる民族の対立というのは、歴史の中で飽きもせず繰り返されてきました。その中にあっても、お互いを理解し協力しあう人々が必ず現れることで、未来が築かれてきたのかもしれません。

「The journey」では彼の哲学をこう紹介しています。
『Treat everyone as an equal
 ; do the right thing to others and they'll do likewise.
Don't put flowers on a bloke's grave
-help him out now.』

人を全て平等に扱いなさい。
人に正しいことを為せば、彼らもそうすることでしょう。
彼の墓に花を手向けるのではなく、
まさに今、彼を助けなさい。

コメント

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