さよなら、ハワードさん
2007年11月24日。総選挙の勝敗が決した後の、午後10時半を過ぎた頃だった。
テレビを再びつけると、ちょうどライヴ映像。ハワードさんが大勢の人に迎えられて、壇上にあがるところだった。そして、英語がよく分からない私が、ハワードさんの演説を聴くのではなく眺め始めると、私は正直慌ててしまった。
(今回の総選挙で勝ったのはLabor 労働党であって、その党首はケビン・ラッドさんだよな?!ハワードさんじゃないよな?!)
もし、私が勘違いをしていて、労働党の党首がハワードさんだったとしたら、そのすぐ前に、日本の家族に「野党が勝ったよ!首相が新しい人に変るよ!」と、少々興奮気味に電話で話したのが、カッコ悪い。
けれど、総選挙に負けたはずの壇上のハワードさんに、負けた後の惨めさのようなものはない。堂々とスピーチをしていて、日本なら「私の不徳が致す所で、」「ご支持の皆様方に多大なるご迷惑をおかけして、」、ゴメンナサイと頭を下げて、寂しい背中を見せつつ早々と立ち去るところだと思う。
しかし、よくよく演説を観察していると、やっぱり、ハワードさんは負けていたのだった。所々、分からない英語が混じっていたけれど、ようやく私にもそれが確信できた。
2007年11月24日。オーストラリアの歴史が変わった日に遭遇できたことを、私は光栄に思う。異国の地の選挙開票の速報特番を視聴できるなんて、滅多に無いことだ。
開票結果の画面は、日本と同じようなものが、英語で書かれているものである。次々に結果がでる選挙結果に、数人のコメンテーターがやんややんやと解説をするというのも、日本と同じスタイル。今回の選挙のポイントである野党と与党が占める国会座席のパーセントがグラフで表されるのも同様の感じ。
メモするのを忘れていたのが本当に勿体無かったのだけれど、私の記憶を手繰り寄せれば、Prospect (開票予想)の後に、「Too closed to call」(接戦で結果は未だ分かりません)、「Labor to Win」(労働党の勝ち)だとか、こんな語句とお会いできるのも、こんな時ぐらいだろう。因みに余談ではあるが、選挙番組の中で、落選した候補者の写真にバッテンが書かれシュレッダーにかけられる、という演出をみたけれど、ちょっとそれはツメタイんじゃないの、と思ったりもした。
総選挙の結果は意外と早く着いたように、私は思う。夜の8時ぐらいには「Lavor Win」の文字が幾つかのチャンネルで踊っていたはずだ。ドラマ的には、最後まで接戦のまま持ち込むのが面白いけれど、Lavorの勝利ということで、早々と落ち着いた印象が私にはある。
さて、ハワードさんの演説で印象的だったことを幾つか書く。ハワードさんの演説に惨めさはなく、堂々としていたのは前述の通り。けれど、その堂々とした表情の中に、全てが終わった後の寂しさのようなものがあった。後で書く、ラッドさんの演説の時に感じた、未来にかける意気込みというのが感じられなかった。それで、ハワードさんは確かに負けたのだと、私は分かったのである。
演説の中身の詳細をお伝えするのは、私の英語力では到底不可能であるので、英語と政治に不得意な、異国の一般市民の目からみた印象を書く。
ニュースではきっと触れられないだろうことを書くと、ハワードさんの演説の最中に、それに割り込もうとする聴衆がいた。それらに対して、ハワードさんが、「Please!」もしくは、多分こっちの方が正解だと思うけれど、「Freeze!」を何度も連発して、それらを制止して話を続けていたのが印象的である。このような場で野次が飛ぶというのも、私にはピンとこないし、日本なら警備員がすぐに飛んできて外に連れ出すだろうから、それが野次だったのか分からないけれど。自分の英語の理解力の低さを恨めしく思う。
日本と全く異なる点をあげれば、家族を引き連れて演説をしていたことだ。奥さん、子供、その子供の配偶者など。それはラッドさんの演説時も同じ。ファミリー。オーストラリアにはそれにこだわる文化があるとは聞いていたが、それを改めて実感した。さらに、ラッドさんにしろ、演説の最後の方で、家族に御礼を述べるコーナーがあった。そこで、ちょっとした面白いことがあった。何を喋ったのか完全には理解できなかったけれど、多分、こんなことだったと思う。ハワードさんが奥さんの肩に手をまわし、何十年連れ添った奥さんに感謝すると言った。でも、この結婚生活の年数をどうやら実際より多く喋っちゃったみたい。それを奥さんが「違うでしょ」と言ったら、ハワードさんは、「未来にそうなるでしょう。これからまだまだずっと連れ添うでしょ」みたいなことを言って照れ笑いした。
そして、演説が終了。ハワードさんは聴衆の中に入り、握手をしたり抱き合ったりして、退場していった。その間に、沈み行く夕日を思わせるBGMが流れていた。
任期中、ハワードさんに重大な失策はなかったと思う。一つにオーストラリアの経済は現在とてもパワフルである。しかし実際は、金利の引き上げを抑えられず、公の病院の酷すぎる医療レベルの低下、教育問題、未解決の先住民問題などを残した。これらは、政治に詳しくない一般市民の、受け売りの情報だ。
退場していく元首相には、11年半にも及ぶ歴代2位の長期政権をやり遂げた後の達成感というものが感じられた。「失敗による失脚ではなく、自然な世代交代である」。有終の美を見事に飾ったような感をうける。それらの印象が、ムーディーなBGMを背景とした、意図的に組まれた演出だったとしても。
そして、時代は移り行く。ハワードさんの演説が終わって、11時少し過ぎ。場所はブリスベン。壇上に掲げられた「New leadership」という看板を背負って、新首相ラッドさんが、家族と共に壇上に上がった。ここで、まず女の目から反射的に感じてしまったことは、(ラッドさんの奥さん、派手やなっ!)。ハワードさんの奥さんは、どちらかといえば古風で大人しい感じ。家庭で夫と子供を陰ながら支えるお母さん。実際はどうだか知らないけれど。その彼女とは対象的に、ラッドさんの奥さんは、おっかちゃんである。こんなことを書いたら、ステレオタイプかな。「浪花の女」だと思う。姉さん女房に見える。しかし、穏やかな顔の夫の隣で、夫の演説に聞き入り、夫から感謝を口にされ抱き締められた時、彼女が見せた表情はカワイイと思った。この旦那にこの女房あり、のように。これも作戦かな。
ラッドさんの演説の開口一番は、「OK!Guy!」。カメラが捕らえた聴衆の姿も、先ほどのハワードさんのそれとは、ちょっと違う。色々な民族が混じった多国籍、Tシャツを着ている。
ラッドさんは演説で次のような言葉を連発していた。「Future」「Nation」「I want to」。
巷に流れるラッドさんの写真は、とても優しい顔である。しかし、選挙戦を終え、夜も更けた演説時のラッドさんの顔には厳しさもあった。疲れもあったのだろうが、ハワードさんの演説になく、ラッドさんの演説にあった、未来への意気込みというものが、ラッドさんの顔に厳しさを加えたのだろう。
総選挙の結果は全てが終わった後の安堵感をもたらすものではなく、ラッドさんにとっては、これからが全ての始まりなんだと思った。
ちっぽけな一般市民の私であるけれど、これからオーストラリアがどう変わっていくのか、たいへん興味がある。ラッドさんと共に壇上に上がったファミリーの中には、明らかにアジア系の男性がいた。ラッドさんは親中派として知られる。これからアジアとの繋がりをますます深めていくに違いない。
その中で、日本はオーストラリアにとって、どんな存在となるのか。オーストラリアに一時滞在している私は、オーストラリアに向かう日本人が、顕著に減少してきていると感じている。中国や韓国の存在感が高まる中、オーストラリアから撤退気味であるのが日本だと思う。実際に、オーストラリアに根をおろした日本人の方々は、今の状況をどう感じているだろう。一時滞在の身である私であるけれども、願わくば、日本がオーストラリアのベストパートナーの一つであってほしい。