彼らの彼らによる彼らのための組織
当たり前のことを書くかもしれませんが、他人から一方的に与えられたものというのは、それほど嬉しいものではありませんね。お金をくれるというのなら喜んでおこぼれに預かりたいほど、今、お金が欲しい私ですけど。まあ、それは冗談として。自分自身の努力で獲得したことは、まさに自分自身の血や骨や肉となって、確かな存在感でもって生き続けますね。
現代を生きるアボリジニの方々が、現状の問題を解決したいのであれば、それはアボリジニの方々自身の手で成し遂げるべきだと思っています。と同様に、現代の日本は余りにも多くの問題を抱えていますけど、それも日本人自身の手で解決しなくてはいけないんだと思います。 他人に解決してもらったら、何も面白くないですよ。
自分達の問題を自分達自身の手で解決するから、自分達の歴史にすることができる。でも、自分達の手だけでは小さな力だから、そこに他者との協力が生まれ、大きな力となって歴史が動いていく。
蛇足気味なことを書きますけれど、「アメリカが戦後日本に自由をもたらした」と簡単に断定するのは、あんまり愉快ではないですね。歴史に詳しくない私がこんなこというのもアレですが、江戸だとか明治大正昭和と自由を求める日本人の活動家はいて、そういう人達が壮絶に戦い続けてきた結果でもあるんです。私達日本人は、もっと自分達の祖先の血の滲むような努力の上に、自分達の生活が築かれていることをもっと感謝すべきだと思いますよ。日本人のご先祖様は立派だったということを、きちんと認識すべきだと思うんです。
余計過ぎる前置きが長くなりました。 今日から再び、1967年の憲法改正にまつわる展示会、The Journeyを引き続きご紹介したいと思います。
時は1958年、場所はアデレード。the Victorian Aborigines Advancement League(VAAL)等、8つの組織の代表者25人が、ある目的のために一堂に会しました。それはアボリジニへの差別を無くし、平等の権利を獲得するために、共に力を合わせること。
アボリジニのアボリジニによるアボリジニのための組織を結成すること。
会合は成功に終わり、Bert Groves(NSW)、Doug Nicholls(Vic)、Jeff Barnes(SA)を代表として、最初の全国的なアボリジニの組織、the Federal Council for Aboriginal Advancement(FCAA)が結成されました。
そして1962年、FCAAの年次協議会は、全国規模の請願活動を開始します。
請願書は、賃金や雇用機会での差別や、先祖伝来の土地所有の権利を否定されていることに言及。FCAAはアボリジニの権利の平等、生活水準の向上、給料格差の是正、産業保護、無料の義務教育、アボリジニを所有者とする保留地の保持を求めました。
一年に渡り、全ての州都や地方都市、田舎町まで及んで、路上にて署名活動が続けられた結果、10万人の署名を集めました。これは当初の目標25万人より少なかったとのことですが、平日仕事を終えた後や週末に、ボランティアの手によって、署名活動は支えられたのでした。
こうしてFCAAは、Torres Strait Islanders(FCAATSI)共に、憲法改正への推進役としての役目を果たしていきました。